1. フクロウと夏休みと大臣
『ああ、一週間ぶりの自分のベッドだ…』
アパートのドアを開けたとき、俺の頭に会ったのはともかくまともなベッドの上でぐっすり眠る事だけだった。
四日間魔法省に詰めきったその日、俺達は徹夜でロンドンの街中に待機し、尾行を振り切ったくせに 朝になってのこのこアパートに舞い戻ったクソったれ野郎の首を押さえた。金髪の痩せた小男は、ドアを蹴破って飛びこんできた俺達を見て唖然とした。
傍らのテーブルから、花瓶が音をたてて飛び、それを呪文で破砕した隙に、奴は窓から飛び降りようとしやがった。
ここで逃がしたら始末書じゃ済まない。
こいつが『すねーるめーるの呪い』をロンドン中のフクロウに無差別にばら撒いたおかげで、この2ヶ月俺達特捜の捜査官はそろって魔法省でキャンプ状態と化した。
世間は夏休みなのに、である。
挙句、魔法省事務次官直々に嫌味を言われた翌日、よりによって魔法大臣のラブレターが呪いにかかったフクロウのために新聞社へ届けられ、スッパぬかれた。
こんな騒ぎの最中に、愛人へのフクロウ便をフルネームの署名で出した度胸には感心するが、その後の騒ぎは目も当てられない。
血相変えた大臣が特捜チームの部屋に押しかけ、残り少ない髪振り乱して『10日以内で犯人を捕まえろ!』と喚いたが遅過ぎた。ご本人は大量の週刊誌ネタを提供した愛人のおかげで7日目には評議会に辞表を提出するに至った。ま、そんな閑があれば先ず愛人の煙突へ飛んで余計な事を喋らない様に言い含めるのが先だったろう。
これでファッジの悪趣味なスーツを見なくて住むかと思うと少し気分が晴れたが、ともかく犯人を上げなくては捜査官たちに人間らしい生活がやって来ないのは明らかだった。
抵抗したら公務執行妨害でぼこぼこにしてやる、…と決意していたのだが、逃がすか!!と叫んで窓際の奴に飛びかかったのは新米の女性捜査員だった。俺の脇をピンクの頭が駆け抜け、あろうことか二人はそのまま窓の外へ消え、もんのすごい破壊音と悲鳴があがった。
泡を食って窓へ走った俺達の耳に入ったのは、つかまえましたぁ!という一種能天気な嬉しそうな声で、覗き込むと、一階のカフェのテントの上に乗り、金髪男をつぶして手を振る彼女と、遠巻きに彼らを囲むマグルの姿があった。周囲に待機していた魔法使い達が血相変えて走ってくる。
…始末書確定の瞬間だった。
眼が醒めて、シャワーを浴びて髭を剃る。
ああ、これが人間の朝ってもんだ。
正気になった頃に盛大に鳴るすきっ腹をかかえ、キッチンへ向かう。
リーマスが俺の顔を見て、おっとりと微笑んだ。
「おはよう、シリウス…っていってももうすぐ昼だけどね。マフィンをあっためようか?」
「…うーん、もっとしっかりしたものが…なんかあるか?」
「すぐに作れるならオムレツかな…買い物に行こうか?」
…とても待てない。
リーマスが卵を取り出す間に俺はフライパンをあっためてバターを落とす。
だいたいリーマスと顔を合わせるのだって5…6日ぶりくらいじゃないのか?
泡立てた卵を流し込みながら溜息をつく。
教職にある彼は普段は全寮制の学校に住み込むから週末にしかアパートへ戻らないが、今は夏休みで、しばらく前からアパートに帰ってきてる…のに、のに!
オムレツの皿を前にして座り、ミルクのグラスを置いたリーマスを見上げる。
「あー、その、来週には何日か休みが取れると…」
情けない事だが、「休暇」と言う単語はいま、俺の周りには辞書にしかない。9月の足音が聞こえてきそうなこの時期に、何がかなしゅーてこんな話題を、と考えてしまう。
ところが、それを聞いて、リーマスが少し申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、その、私も急ぎの調査が入ったんだ…海外に、その…少し長い事行くことになって…あさってから…」
「ああ、そりゃ・・・あさってっ?!」
「うん、…リリーが担当するはずだったんだけど、いま、彼女妊娠してるだろう?無理すると危険な時期だし、私が変わったんだ。」
リーマスはしばしば環境保全局に協力して調査に出る。大抵は魔法生物の生息調査や、古い遺跡の魔法(特に闇系)の解析だ。意外に危険つきでろくに手当てもつかない調査に、何を好き好んでいくのかと思っていたが、貴重な魔法生物の生態や立ち入りの制限されている遺跡の調査に携わるのは研究者には大事な機会なんだそうだ。
「…で?何処へ行くって?」
「日本。えーと中国の隣の島国で…、」
いきなりエライとこへ行くもんだ
リーマスの眼が上目使いになっていく。
「…何日?」
「…3週間位、かな?」
かなり申し訳なさそうにリーマスは俺を見る。
自分ではっきりわかる。いま、俺の口は思いっきりへの字だ。
非番の日の午後は半ばを過ぎようとしていた。
そして、明日の朝、一番にすべき事は確定した。
つぶやき
遅くなりすぎましたねぇ…
またもや、季節?何それ?おいしい?状態です。
’03.11.07
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